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上橋菜穂子×髙林純示 対談 #3/文春オンライン

B02班塩尻

上橋菜穂子×髙林純示 対談 #3/文春オンライン

上橋菜穂子×髙林純示 対談 #3/文春オンライン

横浜市立大学 サテライトキャンパス

2025年2月21日

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B02班塩尻/塩尻 かおり

2024年11月23日に植物気候フィードバックが主催した、上橋菜穂子先生と高林純示名誉教授による対談内容が文春オンラインに掲載されました。同内容を3回に分けてご紹介します。

文春オンラインはこちらからご覧ください。https://bunshun.jp/articles/-/76951


上橋菜穂子作品に登場する愛すべき生き物たち。創造につながる様々な経験とは

上橋菜穂子×髙林純示 対談 #3


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植物が出す “かおり”、そこには実に興味深いストーリーがあります。作家であり、川村学園女子大学特任教授の上橋菜穂子さんの最新作『香君』ではその点がまさに鮮やかに描かれます。


 学術変革領域研究(A)「植物気候フィードバック」の領域アドバイザーで、“かおり”を介した植物や虫たちのコミュニケーション研究の第一人者である京都大学(生態学研究センター)の髙林純示名誉教授と上橋さんの対話から、植物や生物が織りなす世界の豊かさ、研究と創作のふしぎな関係についてお届けします。(全3回の3回目/最初から読む


※「植物気候フィードバック」主催、2024年11月23日、横浜市立大学みなとみらいサテライトキャンパスで開催されたクロストークを3回に分けて公開します。


物語はいかにして生まれるのか


髙林 上橋先生のお話を伺っていると、若い頃から多様な情報をインプットされてきたことの重要性が感じられます。このことは、学生さんにとっては大切なメッセージになるのではないでしょうか。


上橋 そうだとうれしいですね。これまで経験してきたことは、本当に、私を助けてくれていますから。その一方で、経験したことのない、それどころか、この世にないものも、想像し、生み出してしまえるというのも、人間の面白さですよね。


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髙林 上橋先生の物語もその筆頭でしょう。ページをめくるほどに豊かなイメージが広がっていきますが、やはり綿密にプロット、つまり物語の設計図を組み立てていらっしゃる?


上橋 いえ、それがですね、先ほどもちらっと言ったのですけど、私は、事前にプロットを書かないんです。事前に地図も描きませんし、物語世界で生きている人々の設定のようなものも作りません。読者のみなさんは細かく設定していると思っておられるようですが、実は何もしていないんです。物語の印象が頭に浮かんで、書ける、という感覚が訪れたら、最初の1行目から書き始めてしまいます。


高校生 作品を書いている途中で行き詰まってしまうことはありますか?


上橋 ありますよ。『風と行く者』(注:「守り人」シリーズの外伝)という、バルサがまだジグロと一緒に旅をしていた頃の出来事と、バルサが大人になってから出会う事件が絡み合う物語なんてまさにそうでした。どうしても筆が進まなくなってしまって放置したのですが、何年も経って、担当編集者さんから、「バルサとジグロの話、もう少し書けない?」と言われたとき、「いや、それは無理」と言いながら、ふと、「あ、今なら、あの物語を書けるかもしれない」と思ったんです。『風と行く者』は、ある意味、鎮魂の物語なのですが、母を送った後、私の中で、以前とは違う何かが生まれていたのでしょうね。それからまた書き始め、完成させました。お恥ずかしい話ですけれど、そういうことは結構あります。


『香君』は、ふいに浮かんだ光景から生まれた


髙林 『香君』についてもお聞きしたいですね。あの作品がどう生み出されたのか知りたいです。あとがきでは「ふいに香りを感じている少女の姿が見えて、『香君』というタイトルが頭に浮かんだ」と書かれていますよね。


上橋 そうなんです。ある時突然、少女がいる光景が頭に浮かんで。彼女は暗い石造りの塔の中にいるんですが、窓が開いていて、その向こうには明るい自然の風景が見えている。ふわっと風が吹いてきて、少女の髪を揺らしている。ああ、いま、この少女は、この風の中に、様々な生き物のやり取りを感じている、と思ったんです。


上橋菜穂子さん
上橋菜穂子さん

髙林 そのシーン自体は作中に登場しませんよね?


上橋 はい。ただ、その光景が物語全体のイメージをくれたんです。物語の内容ではなくて、物語の佇まいというか、印象のようなものです。書いている最中は、アイシャの声が聞こえて、彼女の体温やにおいも感じています。見えて、聞こえている状況をデッサンするようにして書いているのです。なので、書き終わった後に編集部から「地図を描いてください」とリクエストされることが、いつもすごく怖いです(笑)。


髙林 と言いますと?


上橋 そのとき見えた通りに書いているので、地図を描くためには、ひとつひとつ思い出しながら検討しなければならないので。例えば、ある場面を描いていたとき、どのくらいの時間帯で、陽の光がどの方向から射していたかなどを思い出して方角を考えたり、馬でどれくらいの時間を走ったかで距離を割り出したり、そういうことを手掛かりにするわけですけど、私、すごい方向音痴なんですよ。なので、あれ?? この方角だったっけ? とか、頭を抱えることが多くて(笑)。


高校生 アイシャのにおいすら感じる……というお話でしたが、先生も鼻がよいのでしょうか?


上橋 私、鼻はよくないです(笑)。でも、ミステリーやSF作品もそうですが、自分にはわからないことでも、想像で書くことはできますよね。ただ、『香君』の場合、私たちがいま生きているこの世界で、生き物がかおりでやり取りをしている、ということに心を動かされて書き始めた物語でしたから、「かおりで繋がる生態系」の描写に誤りがあってはいけない、と思って、物語を書き上げたあと、髙林先生をはじめ、様々な分野の専門家の方々に原稿を読んでいただいたり、オンラインで教えを乞うたりして、描写に違和感がないかなど、教えていただきました。


「植物気候フィードバック」研究チームによって"アイシャ"と名付けられた最新の「におい」(化学物質)測定機器
「植物気候フィードバック」研究チームによって"アイシャ"と名付けられた最新の「におい」(化学物質)測定機器

髙林 ファクトチェックは入念に行われたのですね。


上橋 そうですね。においに限らず、地形がおかしいとか、そういったことがないようにしたいと思ってチェックしました。面白いのは、フィクションとして書いたつもりのことが、現実の世界にも似たようなことが実際にあると知って、驚くこともあることで、例えば、この間、髙林先生が、いきなりメールをくださいましたよね? あの「アイシャがいました」というメール。


髙林 ああ、「『探偵! ナイトスクープ』という番組にアイシャが出ていました」というものですね(笑)。8歳の女の子なんですが、目をつぶっていても、目の前の友達が誰だか全部わかると。まさしくアイシャだ! と思いまして。


上橋 何週か遅れでこちらでも放送されたその番組を見て、私が作家としてすごく面白いなと思ったのは、その少女が言った「体の具合が悪い時にはにおいが薄く感じられる」という発言でした。私だったらきっと、体調不良になった時は「普段と違うにおいだと感じる」あるいは「いつもより濃く感じる」と描写する気がするんです。息から感じるにおいが強くなるとか。でもそうか、薄く感じるのか! と、驚きました。そういうところに「私の想像」では描けない「リアル」が見えて、本当に面白かったです。


王獣や闘蛇はどこから?


高校生 上橋先生の想像力についてぜひ伺いたいのですが、王獣や闘蛇などの魅力的な生き物たちは、どのようなインスピレーションを得て生み出されているのでしょうか?


上橋 うーん。それが、自分でもよくわからないんですけど、いきなり頭の中に浮かぶんですよ。さっき、頭に浮かんだことをデッサンするように書くと言いましたが、例えば『獣の奏者』の最初の場面で、エリンが寝床でお母さんの帰りを待っていますよね。帰ってきたお母さんが、そっとエリンの隣の寝床に入り、自分の身体に掛け布団のようなものを掛けたとき、ふわっと、お母さんの方から甘いにおいが漂ってきたんです。その瞬間、あ、これは、お母さんがそれまで触っていた生き物のにおいだ、と思い、そのとたん、頭の中に、水の中にいる闘蛇の姿と、腰の辺りまで水に浸かって闘蛇に触れているお母さんの姿が浮かんできたんです。そうやって書いているんですよ。


 これまで私が経験してきたことや、楽しんできた本や漫画、ドラマ、映画、テレビ番組などから得た膨大なイメージが頭の中に溜まっていて、何かのきっかけがあると、それが滑り出てくるのかもしれませんね。


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髙林 経験値が描写に活きているというお話ですが、それでいうと私、上橋先生は武道の達人なのではないかと思っていまして。


上橋 いえいえ~、私の運動神経はひどいものです(笑)。


髙林 そうなんですか? 私は、40代前半から空手をやっていまして、私の通っている道場の組手では、空手の技を出しあってお互いの技を高めるという稽古をします。『闇の守り人』で「槍舞」という場面を読んだときに、「互いの(槍の)技が絡み合いひとつの流れになる」とあって、そうそう、組手でもそういうのが理想なんだよね、とすごく共感しました。他にも、『夢の守り人』のバルサの戦闘シーンで、「男たちが取るであろう、様々な動きがあざやかに浮かび上がっていた。(中略)白熱した静けさが心に満ちた」というところがあります。これも印象に残りました。また『精霊の守り人』でも戦いの極意が語られています。そのような戦いの様子や心理をまざまざと書けるとは、上橋先生は武術の達人に違いないと思ったのですが?


上橋 えーと、武術は大好きです(笑)。実は、私の高祖父が、柔術をやっていたようで、祖母から高祖父の逸話を聞いて、「ひいひいじいちゃんかっこいい!」と(笑)。というわけで、子どもの頃から武術関係のことが大好きだったのですが、実際に、少しだけ武術を経験したのは大学院生の頃で、柔術をちょっとだけ練習しました。受け身を取ったり、覚えた型を練習したくらいだったのですが、本当にうまい人たちの動きを見ることができましたし、受け身の練習をするとき、「はい、来なさい」と言われて、指導してくださっている方に駆け寄って手首を握ると、あっという間に投げられてしまう。その投げられた感覚や、頭で考えるより先に体が動いている人たちの姿を見ることができたのは、とても大切な経験だったと思います。


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髙林 なるほど、そんなご経験があったのですね。それが作品にも反映されるのかなと思います。それともうひとつ、先生の作品で、登場人物のタフさも魅力ですよね。エリンが大怪我をしたり、バルサが相手にひどく切られたりして、読んでいてハラハラしますが、驚くほどすぐに復活して次に立ち向かっていく。その「タフさ」が上橋先生の中で重要な要素のひとつなのかなと。


上橋 そうかもしれません。私の中には、バルサのようなタフな人への憧れのようなものがあるのでしょうね。つらい状況を生き抜いてきた人や、厳しい鍛錬を積んだ人などが自然に体得しているタフさには、その人の姿がくっきりと見える気がします。そういう人が、私にはとても魅力的に思えるのです。傷が治る早さ、ということで、いつも思い出すのが、イギリスの作家ディック・フランシスが書いたミステリーです。競馬騎手の経験がある人だそうで、彼が描く騎手が怪我をしたときのエピソードには、骨折や打撲に対する対処を自己流でやっていても、ふつうの人より治りが早い、という描写がよく出てくるんです。落馬や骨折や怪我が日常茶飯事だった彼の経験から書かれているのだろう、その描写を読みながら、怪我をしたときの感じ方や態度には、その人の姿がくっきりと表れるなあ、と思っていました。バルサなども、それこそ、子どもの頃から怪我は日常茶飯事だったでしょうから、自分なりの対処法も経験として身に着けていただろうと思いながら書いていました。


ふっと謎が解ける瞬間


髙林 上橋先生の作品からは推理小説のテイストも感じるんです。『香君』でも『獣の奏者』や『鹿の王』でも、主人公が1を聞いて100を知るみたいな推理の場面がありますよね。そのロジックがすごく正確かつキレキレで、「ああ、そういうことね」と読んでいて気持ちがいい。そうした会話の流れも書きながら自然と見えてくるのでしょうか。


上橋 それも、なんとも説明しがたいことなのですが、私自身、自分がどうやって、ああいう会話の流れを思いついているのかを知りたいんです(笑)。本当に、自分でもよくわからないんですよ、どうやって思いついているのか。なので、後から、自分が書いたものを読むたびに、誰が書いたんだろう、これ? と思います(笑)。ただ、物語を書いているときは、日常生活の中で、何をしていても、頭のどこかに物語があるせいか、ご飯を作っている時や、お皿を洗っている時などに、頭の中に、ふいにある光景が浮かんできたりするんです。『香君』の最初の方で、アイシャがマシュウに「……あなたは、リタラン?」と聞くシーンがあるんですが、あれも、お皿を洗っているときか何か、家事をしていたときに、その光景が頭に浮かび、アイシャの「あなたは、リタラン?」という声が聞こえて、リタランって何? と思いました(笑)。


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